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淑女たちの肉玩具

東京のM男です。 子どもの頃から女性たちの肉玩具にされ、Mの身体へと改造(調教)され、まともなS〇Xが出来ない身体になってしまいました…。S女様、痴女様を悦ばせるありとあらゆる調教を受け、性交せず肉体的快楽を求めるための玩具に改造されました。その過程への実体験をご覧ください。今後のMとしての妄想願望もアップしています。

カテゴリー "20代の実体験" の記事

玩具

温和とかいうのを通り越して、大人しい私で、だからこそ女性の言いなりになってしまうのでしょうか。

とあるS女様とお付き合いさせていただいていたころ、巷で言われる『射精管理』をされました。
『射精管理』をされ、命ぜられるまま言われたとおりに守っていたのですが
オナニー禁止令を破ったとのことでお仕置きを受けるはめになりました。
ちゃんとオナニー禁止令を守ったのに、因縁としか思えないことを言われ、
それでも言われるがまま、S女様に従いました。

S女様「そんなに発射したいなら、存分に発射させてあげる!」

こんなことを言われ、鎌倉観光に出かけました。
いろいろな観光地を巡る度、そこにある多機能トイレや物陰で、強制的に射精させられました。

最初の一発目は、駅にある多機能トイレです。
多機能トイレに入るときは、入る前に演技をします。
S女様が気分が悪くなり、それを介抱するふりをして、2人で入ります。
広まった多機能トイレに入った瞬間、S女様は私の股間を握り、
ズボンを下すなり、激しく肉棒に吸い付きます。

あえなく発射。

S女様のお口に発射した白濁した液体を、S女様は小瓶の中に吐き出しました。

S女様「この瓶、いっぱいになるまで発射させるわよ。」

そういうとトイレを後にして、普通に観光地巡り。
ここだ、という場所を見つけるたび、強制射精をさせられました。
男性ならお分かりいただけると思います。
いくら若くても、そんなに何発も何発も発射なんぞできません。
硬さが足りない!
とたびたびS女様は私の肉棒に噛みつきました。

最後は、江ノ島の海岸にあるボロ小屋の陰で2で座り、S女様が私のズボンの下したチャックから手を入れ、連続射精で痛んだ肉棒をまさぐってくださいました。

私は完全にS女様の玩具でした。

同性愛

私は同性からも玩具にされました。

とあるS女様の彼氏でした。
S女様の見ている前で侵されました…。

S女様に言われるままホテルに入ると、全裸になるように言われました。
そのまま臨検が始まります。
股間の毛の手入れが少しおろそかになっているのを叱られると
すぐにシャワーを浴びて、すべての毛を剃るように言われました。

シャワーから出ると、男性がいました。
慌てて股間を隠そうとすると、S女様に叱られました。

その男性はS女様の彼氏でした。

彼氏が持ってきたパンツをはくように言われました。
そのパンツとは、ゴム製のパンツで、股間を覆う部分には、穴が開いており、その穴を金属の金具が覆っていました。
その金属の穴から肉棒を出すゴムパンツでした。
腰と股間はゴムチューブのみのつくりでした。
(写真)

それをはくと肉棒の付け根が圧迫される形になり、
金具から顔を出している肉棒がカチンカチンに勃起します。
黒いゴム地の股間に銀の金属の穴、そこから顔を出す肉棒…。
私の下半身と、肉棒は完全に隔離された形になり、穴から顔を出す肉棒に対し、
地獄の拷問が施されました。

×の字に壁に磔にされると目隠しをされました。
そして、腰の部分に枕を入れられ、腰を突き出す姿勢にされました。
腰に挟んだ枕を落とすとただじゃすまない旨のご命令を受け、枕を挟みながら腰を突き出す姿勢を維持しました。

その前に、彼氏さんがお座りになったようです。
目の前でガン起ちする肉棒を、はじめのうちは指で摘まんだり弄ったりして、硬さを確かめていらっしゃるようでした。

するといきなり、目から火が出るほどの電撃が、金具の先から延びるガン起ちの肉棒にお見舞いされました。
悲鳴をあげて腰をくねらした途端、腰の枕が落下し、それと同時に、S女様の罵声と一本鞭が、私の身体を襲いました。
再び枕を腰に挟まされ、股間を突き出し、金属の穴から延びる肉棒に、電撃がお見舞いされました。
もう枕を落とすことはできません。
悲鳴をあげながら必死に肉棒への電撃責めに耐えました。

鼻をすすりながら涙を流して懇願しても、電撃責めはやみませんでした。
快楽系ではなく苦痛系の責めでした。
肉棒が、完全に自分のものではないような感覚になりました。

甲高い笑い声が聞こえました。

おもむろに肉棒責めが終わると、今度は亀頭責めでした。
仮性包茎の私の肉棒は、皮を被ったうえから電撃責めを受けていたのですが、今度は皮を剥かれました。

皮を剥かれた瞬間、驚きと恐怖で、またも腰をくねらせてしまい、枕を落としてしまいました。
すかさず罵声と一本鞭がお見舞いされます。
悲鳴をあげながら許しを乞うと、今度は露になった亀頭部にシッカロールが塗られました。
そして、女性がお化粧する際に使うふわふわの刷毛で、亀頭部を責められました。
今度は快楽責めです。
腰が引けてしまうほどの快感が、金属穴の先端から延びる私の肉棒の亀頭部を襲います。
×の字に拘束され、完全無防備の両乳首に、S女様が指先で刺激を与えます。
耐えられないほどの快楽が全身を襲います。
カチンカチンにガン起ちした肉棒の付け根に穴をカバーしている金属が食い込みます。
逆流しない血液が肉棒の先端に充満し、カチンカチンにおっ起ちます。

するとなんと!
その彼氏さんが私の肉棒をお口に含んだのです!

S女様の命令なのか、彼氏さんに同性愛の性癖があるのか分かりませんが、
彼氏さんは私の肉棒を口に含むと舌で亀頭部や尿道口を責め、その味覚を口になさったのです!

恥ずかしいような気持ち悪いような、でも肉棒の快楽に全身を襲われるような、複雑な気持ちでいながらも、身を快楽にゆだねてしまいます。
両乳首はS女様の指先が刺激を与えます。

すると、今度は、彼氏さんの唾液でネバネバになった亀頭部を、電動歯ブラシで責められました。


股間を覆う黒いゴム、その黒いゴムにはめられた金属の穴から延びる肉棒。
金属の穴から延びる肉棒は、完全にS女様とその彼氏の玩具にされてしまいました。


そしてその後、解放されると、上半身を縄で緊縛され、
下半身を無防備にされ、
そのままS女様の見ている前に、彼氏さんに交尾されたのでした。

拷問としか思えない責め

女性の部屋に招かれ、全裸にされました。
パイパンの下半身に異常な興味を示されたS女様でした。
今のテーブルの上に×字に寝かされると、四肢をテーブルの柱に縛り付けられました。
そんな身動きの取れない状態で、私の身体はS女様の玩具にされました。

Mとして開発された乳首を責められると、下半身が炎上してしまいます。
ギンギンに、ガン起ちした肉棒をS女様は思うがままに玩具になさいました。
尿道口から綿棒を突っ込むだけでなく、待ち針を肉棒に突き刺しました。
激痛に耐えながらも、ひたすらS女様の責めが終わるのを耐えていました。

しかし、責めは終わらず、一晩中、私の身体は玩具にされたのでした。

私の顔面に跨り、アソコを舐めるように言われました。
それも、一時的に舐めるのではなく、1時間近くも舐めさせられました。
S女様の味覚も何もなく、ただただ舌が痛くなっても舐めさせられました。

次は肉棒責めです。
待ち針が抜かれると、うっすらと出血したのを楽しみながら
肉棒にバイブレーターをあて、私の反応をお愉しみになりました。
限界が来て、勢いよく精子を放出しても、責めは終わりませんでした。
射精後の極めて敏感になった亀頭部を曝け出し、さらなる責めが加えられました。
腰を動かしながら必死に責めから逃れようとするたび、一本鞭が私の身体を襲いました。

拷問です。

それでも、小学生の頃に刷り込まれたM性のせいで、喜んでいる私がいることを感じました。

これもホストの形?

20代の頃は身体も締まり、顔もそこそこ(笑)でした。
骨格は欧米人並の鳩胸体形で、
身長182cm、体重も82㎏前後でした。
そんなM男がいろんな体験をさせていただきました。

20代はずっとフリーターで、いろんなアルバイトをしました。
そんなバイト先での出会いから経験したんですが、
その頃、初めて女性にも性欲があるのだと知りました。
お恥ずかしながら、それまで女性には性欲がないと勝手に思い込んでいました。

バイト先で知り合ったおば様がいらっしゃいました。
そのおば様は、中学校時代にクラスにいた、勉強は嫌いで猥談好き、エッチ好き、
クラスの男子のおち〇ち〇の大きさを友達同士、噂をするようなグループの女性だったようです。

バイト先の休憩室でも、私なんかとも猥談に花が咲き、
ファーストキスや恋愛、初エッチの話などで盛り上がっていました。
当然、人生の先輩であるおば様からもたくさんの「エロ話」を伺いました。

そんな状況下、飲み会の席で、酒が入った勢いで、つい自分のM性を話してしまいました。
思えばそれが餌食になるきっかけだったのだと思います。

おば様のお友達との旅行に参加させていただきました。
当然、頭の中が性欲だらけの年代ですから大きな期待を抱きながら
参加させていただきました。
けど、おば様たちは用意周到に準備なさっていらっしゃったのです。

宿屋に着いてほっと一息、温泉につかり夕飯の時間になると
宴が始まりました。
その夜、私は、おば様たちが普段から妄想の世界で望んでいながらも
できないようなプレイの対象とされたのでした。

温泉から戻るときは、下着をつけず浴衣一枚で帰ってくるよう言われていたのですが
帰るなり、パイパンであるかどうかの確認をされまいました。
それは普段バイト先で言っていたとおりの状態なのか、
要は、昔の侍の「首実検」ならぬ「ペニス実検」でした。

「オチンチンなんか見るの久しぶり~。」
「ごぶさただもんねぇ~。」

おば様たちが異様な盛り上がりをしながら
短小、仮性包茎、パイパンの「ペニス実検」が行われました。
当然、事の成り行きを期待していた私は、温泉でムダ毛を完全に処理していました。

そして「ペニス実検」と同時にテーブルの上の料理が綺麗に片づけられ
そのまま私は全裸にさせられ、テーブルの上に×の字に寝かされ
両手両足をテーブルの脚に縛り付けられました。
いわゆる「女体盛り」ならぬ「男体盛り」です。
私の全身の凹凸に合わせ、料理が盛りつけられていきました。
緊張で縮こまっているアソコも、丹念に料理が盛りつけられました。

複数のおば様に自分のアソコを見られること自体は、小学生の頃、全身を抑えつけられておちんちんを弄られてMになった私にってそれほど抵抗なかったのですが、テーブルの上の料理にされるという状況では、恥ずかしすぎてどなたの顔もまともに見られませんでした。
それを察してくださったのか、顔の上にガーゼのハンカチがのせてくださいました。
しかし、それは誤りでした。
ただただ、私の肉体をモノとして扱うため、顔をふさいだというところでした。

「とりあえず乾杯しましょ。」

宴会が始まりました。

「男の子のおちんちんを見ながら宴会できるなんて、最高ね!」

こんな話をしながら宴が始まりました。
お話の内容は、もっぱらおば様たちの青春時代のお話でした。
おば様たちは今でいうと「ヤンキー」でしょうか。昔でいう「スケバン」だったようで、
堅気の私からすれば文字通り玉も縮こまるほどの恐ろしい話をなさっていました。
敵対グループとの喧嘩で勝った後の負けたグループのスケバンたちに対する残虐な仕打ち、
剃刀でずたずたに女の子の顔に傷をつけた話など、
聞いているだけで恐ろしい限りでした。

そんな中、一人のおば様が私の股間に手を伸ばし、端でちんぽを摘まみ上げました。;
すると、キャーキャー黄色い歓声をあげながら、皆さん、次々とペニスに箸を伸ばして来ました。

お酒も入り、羽目を外し始めた元スケバンのおば様たちの暴走が始まりました。

「食べるものもなくなってきたし、最後はこれを食べるしかないわね」

そんなことを言いながら私の肉棒を箸で摘まみ、しょうゆをつけて口に含みました。

「うっ!」

思わず反応してしまいます。
私の肉棒はおばさんの口の中で吸われ舌で転がされました。

「ここの料理より、これが一番、おいしいわ!」

おば様たちは入れ替わり立ち代わりペニスをお口に含まれました。

「ねえ、さっきより大きくなってない?」

M男の私がこのような状況に反応しないはずなく、既にパイパン短小ちんぽは天井に向かってそそり起ってしまいました。
そんなちんぽをおば様たちはしごき、亀頭や尿道口を弄り、やがては両乳首にまで吸い付き、自由を奪われた私の身体を弄びました。

カッチンカッチンに硬くなりました。
おば様たちは次々と私の肉棒を握り、しごき、硬さ加減をお確かめになりました。

「発射が見たいわ!」
「発射するとこ写真撮ろ!」

そういうなり、ひとりのおば様が私のペニスをしごき始めました。
私はこの宿屋の料理ではなく、このおば様たちの玩具でしかありません。
悲しいことに私のペニスは痛いほど勃起し、爆発寸前になっていました。

そして、おば様たちの見ている目の前で、射精してしまいました…。

おば様たちは大喜びでした。

「若いわね。こんなとこまで飛んでるよ。」
「いいもの見せてもらったねぇ。」

私は大の字に固定されたまま、射精するところをまじまじと見られてしまいました。

しかし、この儀式は、始まりに過ぎなかったのです。