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淑女たちの肉玩具

東京のM男です。 子どもの頃から女性たちの肉玩具にされ、Mの身体へと改造(調教)され、まともなS〇Xが出来ない身体になってしまいました…。S女様、痴女様を悦ばせるありとあらゆる調教を受け、性交せず肉体的快楽を求めるための玩具に改造されました。その過程への実体験をご覧ください。今後のMとしての妄想願望もアップしています。

新聞配達マダム ①

新聞専売所の寮に住んでいた頃の体験です。
専売所にパートで働くおばさまがいらっしゃいました。
中年熟女様でしたが、見た目は『可愛い』女性で、とても愛嬌がある方でした。
配達に出る前、一服していると気さくに話しかけてくれて、色々なお話で盛り上がっていました。
配達中も、おばさまが配達する区域を横切る際、お見掛けしたりすると、手を振って合図するような関係で、会うだけで幸せになれる女性でした。
旦那様もお子様もいらっしゃる女性で、旦那様は某チェーン店外食産業で働いているとかで、そのチェーン店の裏事情やメニューの裏話についてお話しくださいました。そんな中、今度、私の寮に遊びに行きたいとのお話が出ました。裏メニューを作るから食べてみる?とのことでした。
そんな関係ですし、相手はご家庭のある女性でしたので、劣情など頭の中を微塵も横切りませんでした、というと嘘になります。新聞配達時、冬はぴちぴちのGパン、夏は、ランニングスタイル、そのスタイルは、男性なら必ず下半身が反応してしまうような美ボディでした。
そんなおばさまが、本当に遊びに来てくださいました。
寮と言っても、2LDKのマンションに同僚と2人住まい。
同僚は大学生で、大学へ行っている最中は私一人。
その一人の時に、おばさまが遊びに来てくださいました。
はじめは裏メニューを作ってくださいました。
キッチンで食事をし、いつものような話で盛り上がりました。
しかし、食器を片付けて、リビングで一息つくなり、おばさまが私の膝の上にまたがってお座りになり、私の身体を求めてきました。
突然の展開で、しかもこんな体験はない18歳の私。
おばさまのいうがまま、されるがままに身を任せました。
自分で言うのも…ですが、子どもの頃から『可愛い!』と呼ばれるような顔で、今でこそ豚親父ですが、当時はおばさまに好まれるようなルックスだったようです。
私の膝の上にまたがって私の顔面を嘗め回すおばさま。
ブラウスのボタンが外され、私の厚い胸板をまさぐられました。
キンキンにおっ起った乳首にむしゃぶりつき、片方の乳首をこねくり回し…。
おばさまも豊満な上半身をシャツからむき出しになさり、形の美しい乳房を私の身体に押し付けて下さいました。
しかし…
私の下半身は無反応でした。
Gパンの上からおばさまが下半身をまさぐるのですが、一向に堅くなりません。
「私…魅力ないのかなぁ。」
そんなことをおっしゃられました。
そこで、正直に全て話しました。
私はインポではありません。
ただ、肉体改造されたのです。
16歳の時に出会った美穂様に肉体改造され、17歳の段階で、既に美穂様の身体でしか反応できなくなってしまったのです。
それは言葉どおり『飴と鞭』で、美穂様は飴をくださりながら鞭で私の身体のいたるところを打ちのめし、私の身体を美穂様以外の女性では反応できなくしたのです。
それを聞いたおばさまは驚く以前にお喜びになりました。
「なら、今度は私の身体に反応するように改造すればいいのね?」
私はその場に立たされました。
そして、下半身を露出させるように言われました。
言われるがまま、Gパンを下ろしトランクスを脱ぎました。
その下には…美穂様に肉体改造されて以来、パイパンを守っている粗末なペニスがありました…。
それを見たおばさまは大はしゃぎです。
「これを起たせたら、その彼女に鞭で打たれたんでしょ?」
そうです。
アダルトビデオを見せられ、それに反応して起たせた肉棒を、1本鞭やヘラ鞭で思い切り打たれて悲鳴を上げていました。
けど、美穂様の下半身に顔をうずめて奉仕する際におっ起った肉棒へは、美穂様の優しいフェラチオのご褒美が与えられ、下半身全体に襲う快感の中で発射することが許されました。
そこでまずおばさまは、起たない私のペニスに苦痛を与えることから始めました。
美穂様とは高校を卒業して以来、会っていません。
会いたい旨、電話しても出てくれもしません。
私は捨てられたのです…。
捨てられても、私の身体は美穂様の身体にしか反応しません。
そんな苦痛、一生背負っていきたくはありません。
そこで、せめてS女様の責めには反応してくれる身体に戻したかったのです。
そして、何と!
このおばさまは魔性のドS。
後にお話くださったのですが、この日、いらしたのも、私のことを調教してペットにしたかったというのです。
捨てる神あれば拾う神あり
正にそんな気持ちでした。
そして、先ず始めにこのおばさまがなさったのが下半身に苦痛を与えること。
しかし、その日は諦めて、次の『調教日』まで方法を考える、とのお話です。
ただ、おばさまの身体に火が灯ってしまったのは明らかで、その火を治めるため、一緒にシャワーを浴び、おばさまの豊満な肉体に下でご奉仕しました。
そして、最後は、S女様への忠誠の儀式として、おばさまの股間から放出される聖水を飲み干したのでした。